2010年2月2日火曜日

ポーラ、死の恐怖に怯える1

ここ一週間以上、ポーラは死の恐怖に怯えて、下校後から寝るまでずーーーーーーっとグズグズシクシクしています。火曜日には9度6分まで熱を出して学校早退。でも夜には平熱になり周りは「??」でしたが、多分精神的ストレスに耐えかねた所謂知恵熱ではないかと思います。

その前から何だか情緒不安定だなぁと思っていて、まさに熱を出す一日前に、連絡帳で先生に何か学校でトラブってないだろうかという事を伺った所だった。とても不安が強くなって、ともかく何か自分がしている時以外は私から離れようとしない。お風呂には基本一人で入っているのだけれど「一緒に入って欲しい」と泣いて、夜は夜で「ポーラが寝てからも隣にいて」といった感じ。フとした間が出来るとすぐにグズグズシクシクが始まってしまう。

こんな事は初めてだから絶対に何かしら理由があると思った。けど先生は「特に思い当たらない。来週学習発表会でその練習でうまく行かない時があるから、それだろうか?」との返事だけど、ポーラはあまりそういう事は気にやまない(その発表会でのピアニカがうまく弾けないと言うので今日ピアニカ持って帰っておいでーと言ったのにワスレタ!!wとアッケラカンとしてる位だ(笑))。でも理由がハッキリしないと対応の取りようがないので、熱を出した日、平熱に戻ってから聞いてみた。一体どうしたのだ、と。

Uくん(ポーラの隣の席)のお友達が心臓の病気で死んじゃったんだって。それ聞いたらポーラも死んじゃうんじゃないかって考えたら止まらない
地震とかあったら、たくさん人が死んじゃうでしょ?ポーラが死んじゃったり、ママやパパが死んじゃうんじゃないかって考えちゃう

地震は多分、ハイチ地震の事を言ってるのかなぁ。元々ポーラは地震が大の苦手で、3-4年前にこの近辺で震度4ちょっとの地震があってかなり怖い思いをしてから、TVで地震速報など出ようものなら漢字がまだ読みきれない事もあってそれがどこで起きようとプチパニックになる。なのでハイチ地震が強烈な印象としてポーラに残っているとしても不思議ではない。特に集中してTVとか見てた訳でもないんだけどなぁ。

ペットの死は2回体験して、その内1回、一昨年だろうか。の時は結構情緒不安定になった。あまり可愛がってあげなかった自分のせいで死んでしまったのではないか、土に埋めたら寒くて可哀想だから家に置いておいてあげよう、とか、結構グズグズシクシクしていたけど、今回とはちょっと違う。今回は死を自分のものとして見ている事。

ネットを見ていると、小さい頃死にとらわれたという人が結構いて驚いた。私は小5の時に父を亡くしたのだけれど、覚えている限りそれまで死について考えた事もなかったし、父の死をきっかけに「長生きする」という事に全く意義を見出す事が無くなった。死の淵に立ったら尊厳死を選びたいし、臓器提供もウェルカム、出来れば自分の人生さっさと終わらせたい位に思うようになった。ポーラが産まれてとりあえずポーラが成人するまでとは思うようにはなったけど、やっぱりこの世にしがみつく思いはない。

だからポーラのこの状態にすごく戸惑っている。ポーラの気持ちが分からないという事ではなく、たかだか8歳位でなんて重い思いを持ってしまったのだろうかと愕然とするというか。私が父を亡くした時に考えた「長生きしなくていいや」という思いと、ポーラが感じている「死んじゃうんじゃないか」という思いのベクトルは、多分右と左を指していると思う。

果たして私に何が出来るだろうか。

(つづく)

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